2012年08月01日

「推敲」

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昔、中国に一人の詩人がいました。名を賈島(かとう)と言いました。
この詩人の特徴は、なかなか作品が形にならないことでした。

筆が遅く、苦吟型の詩人と呼ばれ、あれやこれやと悩みに悩んだ末に、やっとの思いで作品を仕上げるタイプの芸術家でした。

今日も良い対句のフレーズが浮かんだものの、ちょっとしたことで、飯も手につかないほどに考え込んでしまいました。
その詩とは、こんなものでした。

鳥宿池中樹(鳥は池中の樹に宿り)
僧推月下門(僧は月下の門を推す)

そこで、詩人は「推(お)す」という所を、「敲く(たたく)」とした方がいいのではと考え出したのです、でも「推す」も捨てがたい。

「敲く」とした方が、視覚的な効果ばかりではなく、音響的な効果もある風情を醸し出してくれる・・・のだが・・・。

余りに考えすぎたので、馬に乗りながら、向こうから貴人の一行がやってくるのを見逃してしいました。
考えあぐねて、馬の手綱を右に左に振っているうち、詩人は遂にこの貴人の行列と衝突してしまいましたexclamation

さらに悪いことに、その行列は長安都知事、韓愈(かんゆ)の行列であったため、賈島はすぐに捕らえられ、韓愈の前に連れて行かれました。

そこで彼は事の経緯をつぶさに申し立てました。

優れた名文家であり、漢詩の大家でもあった韓愈は、賈島の話を聞き終わると、「それは『敲く』の方がいいだろう、月下に音を響かせる風情があって良い」と言ったのです。

そしてその後、二人は、馬を並べていきながら詩を論じ合ったのです。
エリートの韓愈に対して、一方の賈島は、何度も科挙という官吏になる試験を落第している落ちこぼれ詩人であったのにも関わらず・・・。

結局「敲く」に決定したこの作品は、「三体詩」にも掲載され、中国の名詩として長く歴史に残ることとなりました。グッド(上向き矢印)


このことから「文章を書いた後、字句を良くするために何回も読んで練り直すこと」を「推敲」といいます。

日頃、私たちが何気なく使っている「推敲」という言葉は、この詩人賈島の「推す」と「敲く」の芸術的葛藤をもって生まれたのだそうで、全く知りませんでしたあせあせ(飛び散る汗)

実は私も、詩作はしませんが文章を書くのが非常に苦手です。
夏休みの宿題の作文や読書感想文は、いつも最終日に泣きながらやっていたものですもうやだ〜(悲しい顔)

ですので、詩人賈島の葛藤には非常に共感を覚えます。
また、「推敲」の大切さを改めて、感じさせられた次第ですわーい(嬉しい顔)


与えよ、さらば与えられん
タグ:故事成語
posted by 田島明徳 at 22:17| Comment(0) | 故事成語
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