2012年11月24日

「画竜点睛」

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梁(りょう)の国の武帝(ぶてい)は、仏教を厚く信仰していました。
それで、たくさんの寺を建て、寺の装飾画の多くは張僧縣(ちょうそうよう)という画家に描かせていました。

張は、都の安楽寺で4匹の白い竜を描きましたが、どの竜にも、睛(ひとみ=瞳のこと)を描き入れませんでした。

そこで人々は、「なぜ、瞳を描かないのか?」と聞くと、張は「この竜に瞳を書き入れたら、飛んでいってしまうんだよ」と言っていました。
人々は本気にしなかったので、「試しに瞳を書き入れてみてくれ」と、張にお願いしました。

願いを受けて張は、2匹だけ絵の竜の瞳を書き入れました。
するとどうでしょう、しばらくすると雷が鳴り、稲妻で壁が壊されて、瞳を書き入れた2匹の竜は、雲に乗って天に飛び去って行ってしまいましたexclamation

それを見た人々は腰を抜かし、張の画力に感服したということですあせあせ(飛び散る汗)
瞳を書き入れなかった2匹の絵だけが、今も安楽寺の壁に残っています。


この「画竜点睛(がりょうてんせい)」という故事成語は、文章や絵画で最も重要な箇所に手を加えて効果をあげたり、物事を完成させることを意味しています。
あるいは、「画竜点睛を欠く」と打消表現にして、最後の肝心なところを仕上げずに不完全な状態である、という意味でも使われています。

このエピソードから当時、張ほどの腕をもってない画家でも竜を描くときは瞳を入れないことがはやったりしたそうですわーい(嬉しい顔)


ですので、「画竜点睛」という故事成語は、ほんのわずかなことでも物事全体を生かしもするし、殺しもするということを言っているんだと私は思います。

似たような意味の言葉に、「神は細部に宿る(God is in the details.)」というのもありますね。
これは、モダニズム建築の超高層ビルとして名高いシーグラムビルなどを設計したドイツの建築家ミース・ファンデル・ローエが好んで使っていた言葉ですが、誰が最初に言ったのかは諸説あって良く分かっていないそうです。


話は替わりますが、四柱推命鑑定においても似たようなことがあります。
実は、私が今まで鑑定依頼を受けた方のうち、約半数位がご自身の出生時刻を知らない方だったのです。

年柱・月柱・日柱がしっかりしている場合には、時柱が変わっても、バリエーション程度の差となることもありますが、逆に、年月日の三柱が不安定で、偏りがある場合、時柱の喜忌如何によって、天地の差が生まれてくる場合もあるのです。

つまり、時柱の干支を以って「画竜点睛」となるということですグッド(上向き矢印)
実は、私もそのタイプでしたたらーっ(汗)

ですので、是非あなたもご自身の出生時刻を調べてみて下さい。
出生時刻の調べ方に関してはこちらへ。)
きっと、あなたにとって貴重な財産となることは間違いないでしょうわーい(嬉しい顔)

与えよ、さらば与えられん
posted by 田島明徳 at 21:34| Comment(0) | 故事成語
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